かどで



一 かどで  二 竹芝寺 三 足柄山 四 富士の山 五 梅の立ち枝

六 物 語 七 姉なるひと 八 東山なる所 九 子忍びの森


竹芝寺

すでに武蔵の国に来ていました。
特に景色のいいところとか、面白いところもなく、浜も砂子が白いわけでもなくて、色の濃い、泥みたいな砂で、野には紫草が生えていると聞いていたのに、芦や荻ばかり高くのびて、馬に乗って弓を持つ人の姿も隠れるほど、たかくおいしげっていて、そんな中を進んでいくと、竹芝という寺がありました。

遠くのほうに、ははそうとかいうところの、渡り廊下の跡の土台の石が残っていました。
ここは、どんなところなのかと、聞いてみますと
これは昔竹芝というさかで、この国の若者が、宮廷を守る火たきやの衛士(えじ)という仕事に仕わされたのですが、ある日前庭の掃除などしながら

なんで苦しい目にあうのかなあ
俺の国にはあちらに七ツ、こちらに三つと酒壷がすえてあって
夕顔に柄をつけたひしゃくがわたしてあって
あのひしゃくがなあ…

南風が吹けば北になびき 北風が吹けば南になびき
西ふけば 東になびき 東ふけば 西になびくのもみることもなく
こうしているよ…

ひとりごとにつぶやいていたところ
帝の娘で、たくさんの家来にかしずかれていたお姫様が、たったひとりで、御簾のそばにたって外を眺めておられ、柱に寄りかかって、このわかもののつぶやくのをお聞きになると、姫様は心を打たれ、どんなひしゃくが、どんな風になびいているのだろうと、心惹かれ、御簾を押し上げて「あのをのこ、こちよれ」とお召しになりました。

若者はかしこまって、欄干のそばに参りますと、姫君は今の言葉を、もういちどはじめから、聞かせよというので、酒壷のことを、もう一度はじめから申し上げますと、わたしを、そこへ連れて行って、見せてほしいとおおせられ、また、それにはわけがあるのだとも、おおせになりました。

恐れ多いことと思いながらも、なにか 因果があったものでしょうか、若者は姫君を背負って、宮廷を後にして、国へ向かったのでした。

もちろん、すぐに追ってがくることと思い、その夜勢多の橋をわたると、橋のたもとで

「姫様、すこしここで待っていてください」と言い残して引き返し、勢多の橋を、一間ほど壊し、それを飛び越えてわたると、再び姫君を背負って、ひたすら国へ走り、七日七夜のうちに武蔵の国に行き着いたのです。

御殿では、御子さまが、いなくなってしまわれたと、帝さまも、お后さまも、途方に暮れて捜し求ておられましたが、武蔵の国の衛士の若い者が、たいそう香しいものを首にかけ、飛ぶように逃げて行ったと申し出るものがあり、その男が姫君をさらっていったに違いないと、さがしてみたもののどこにも見つからず、絶対にもとの国に行くはずだと、公よりの使いが下り、追いかけていきましたが、勢多の橋が壊れていて、そこから先、すすむことができません。

三月の後に、ようやく武蔵の国に行き着いて、その男の居所を探し当てると、御子さまが、使いのものを召してこんな風におっしゃいました。
わたしは、なにか、こうなる運命にあったような、この男の家に心ひかれて、どうしても行きたくなり、連れて行って欲しいといって、ここへきました。

本当に、ここはいいところ、わたしは、いつまでもここに暮らしたい。
あの男に罰をあたえるとならば、わたしはどうすればよいでしょう。

わたしは、帝の娘。このような片田舎に住むなどは考えも及ばぬこと・・・
でも、きっとこれは先の世からの因縁でこんな風に決まっていたことなのでしょう。
さあ、早く帰って、父君にそのことを申し上げてください

返す言葉もなく都へ帰って、帝さまに、かくかくしかじかと、ご報告申し上げれば、いたしかたもなし。

その男を罰したところで、今となっては姫君を取り返し、都にお帰し申し上げるわけにもゆかず・・・。

それで、その竹芝の若者に、生きているあいだはこの武蔵の国を預けることとし、租税や賦役などは、免除して、宮にその国をお預けになるという、帝のおことばを書き記した「宣旨」というものが、下されたので、この家を御所のように造り、姫君を住まわせ申し上げた、その家を、宮さまなどがお亡くなりになった後は、寺になしたものを、竹芝寺というのでございます。

その宮さまのお産みになった子供は、そのまま武蔵という姓を得ております。
それより後、火たき屋には、女のひとが勤めるようになりました。

と、話してきかせてくれたのです。

そしてあいかわらず、行けども行けども、芦や荻ばかりでしたが、武蔵の国と相模の国の間にある、あすだ川という渡し場につきました。在五中将が「いざこと問はむ」という歌を詠んだ所です。中将の本には、すみだ川とかいてありました。船で渡ると、そこからは相模の国です。

にしとみというところの山は、上手に絵を描いた屏風をたてならべたようなところでした。 一方は海。浜のすがたも、よせかえる波の様も、ほんとに見ていて飽きなかった・・

もろこしが原というところも、砂子がとても白くてきれいなところでした。二日、三日いく途中に「夏はやまとなでしこが、濃いのやうすいのが、錦の布をひいたように咲いていたんですよ。でも、もう秋の末ですから、見えませんけれど・・」と言っていましたが、それでもところどころ、花びらがこぼれながら咲いているのが見えました。あちらに少し此方に少しと、もう散りぎわだけど、綺麗だなあと思いながらずっと見ていました。

「もろこしが原に、やまとなでしこが咲くなんてのも乙だねえ」なんか言って、みなたのしそうでした。




では、あのころにもどって 佐紀といっしょに、本をよみましょうか



この窓から、とびましょう
佐紀の声がきけます



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その次は 姉なるひと その次は 東山なる所 その次は 子忍びの森



ほうむ