更級日記



一 かどで  二 竹芝寺 三 足柄山 四 富士の山 五 梅の立ち枝

六 物 語 七 姉なる人 八 東山なる所 九 子忍びの森

 姉なる人

 花が咲いて、花が散る。そのたびごとに、思い出す。  乳母のおばさんがなくなったころのことを。

 ことしもそんな季節になった。 おなじころ、侍従の大納言の姫様も亡くなった。
 美しい手跡を見てはしんみるするこのごろだった。

 それは五月のころだったと思う。 夜が更けるまで物語を読んでいた。 すると、いったいどこから来たのでしょう、猫がなんとも柔らかな声で鳴くので、はっとしてみると、かわいらしいきれいな猫がいて、どこから来たのだろうと思って見ていると、お姉さんが、「しっ、静かに、人に聞かせてはダメよ。なんてかわいらしい猫でしょう。ねえ、飼いましょう」 というと、人なれた様子でじっとそこにいる。

 もしかして探している人ががいるかも・・と内緒にしてこっそり飼っていたのだけれど、下働きの方には一切寄らず、じっとわたしたちの前にいて、食べ物もきたなげなものは、顔をそ向けて食べようとしない。

 わたしたちはこの猫がかわいくてかわいくて、いつも一緒に遊んでいたのだけれど、姉が病気になって、そのときにはこの猫を僕たちが住んでいるほうの部屋へやって、こちらへ入れてあげなかったので、ニャーニャーニャーニャーと、鳴いてかわいそうだと思ったけれど、今は仕方がないと思っていた。

 すると、病に臥せっていた姉が目を覚まして「猫はどこ?こちらへつれて来て」というので、「えっどうして?」というと「夢にあの猫がわたしのそばへ来て、『わたしは侍従の大納言の娘が生まれ変わったのです。ここの中の君のことが、心にかかってこうしてやってきました。それなのにこのごろは、下働きの者たちの中におかれて、なんと情けない・・。』そういってずいぶんお泣きなされたの。それがきれいな女の人の姿になって、目が覚めたらこの猫の声だったのよ」

 それからのちは、この猫をとても大事にして、僕たちの方へやったりはしなかった。私が一人のときに、この猫がそばへ来ると、「侍従大納言の姫君でいらっしゃいますのね。大納言様に、このことを知らせてさしあげたい 」といって、なでてあげれば、私の顔をじっとみて、優しい声で鳴いた。普通の猫とはぜんぜんちがう。何もかも、わかっているかのように見えた。

 その月の十三日。月の明るい夜でした。夜中になってみな寝静まった頃、縁側に座って、姉さまが空をつくづくと眺めて、もしわたしが、このままどこかへ飛んで行ってしまったら・・どう思うでしょう・・?
と言いました。いったい姉さまは、何を言っているのだろう・・・なにかこわいような気がしてお返事も出来ませんでした。それを見て、「なんでもないのよ・・気にしないで」といって笑って、「そこに、さきがけの車がとまって「荻の葉、荻の葉」と呼ばせていたけれど、お答えにならなかったわ・・しばらく呼んでいたけれど、あきらめて、いい音で笛を吹きながら、行ってしまったわ

それで・・・

 笛のねの ただ秋風と聞ゆるに など 荻の葉の そよと答えぬ・・・

というと

そうね・・と言って

 荻の葉の 答ふるまでも 吹きよらで ただに過ぎぬる 笛のねぞ うき

こうして一晩中月を眺め、夜が明けてから、ふたりとも眠りました。

 その翌年の四月。夜中に火事があって、大納言殿の姫君と呼んで、大切にしていたあの猫も・・
ほんとうに残念でなりません。大納言殿の姫君と呼ぶと、まるでわかっているように、ないてこちらに歩いて来たりして、とう様も、「こんな不思議なことがあるものなのだなあ。大納言様に申し上げてみよう」とおっしゃっていたものを・・・

 その(次の年)五月ついたち、姉は、子を産んで、そして亡くなってしまいました。他人の人のことだって、幼いころからそんなことのあるたびに悲しく思っていたのに、まして言いようがない悲しみ、なげき・・

 母様などは、みな亡くなった姉のところへ行っていましたが、わたしは姉の残した幼い子たちを、左右に寝かせていると、荒れた板屋の合間から月の光がさして、小さい子の顔にあたるのを、不吉なことなので袖をかけておおって。そしてもうひとりも、抱き寄せながら、さまざまのことを思う。

 それから、少しして、親類の家から 「亡き人の、必ず求めてくだされとのことで、探しておりましたが、その折は見つかりませなんだのが、今いまようやくに人が持ってよこしましたものですが、なんとも悲しいこと」 といって、かばねたづぬる宮という、物語を届けてきました。  ほんとに、なんとも言いようがなく、かえりごとに

  うづもれぬ かばねを何にたづねけむ    苔の下には身こそなりけれ





では、あのころにもどって 佐紀といっしょに、本をよみましょうか



この窓から、とびましょう
佐紀の声がきけます


次は 東山なる所 その次は 子忍びの森


ほうむ